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三越劇場について

...MITSUKOSHI THEATER SINCE 1927.
三越劇場は1927年<昭和2年>、世界初の百貨店の中にある劇場として"三越ホール"の名称で、日本橋三越本店6階にオープンいたしました。
場内は豪華な大理石仕上げと石膏彫刻の美しい文様に彩られた周壁、ステンドグラスをはめ込んだ天井、間口約12m(6間)、奥行約6m(3間)のプロセニアムアーチ(額縁)の舞台。当時の客席は1階(542席)と2階(136席)合わせて678席。現在は1階(402席)と2階(112席)の514席からなります。

各種の演芸や講演会などの催物にあてるために開設した三越ホールのこけら落とし(1927年<昭和2年>4月)には、歌舞伎界から澤村宗十郎丈(七世)、守田勘彌丈(十四世)ほかが出演。戦前は主に邦楽の温習会、舞踊会、コンサート、講演会等高級社交場として、お客様へのサービスの一環に利用されていました。戦争中は一時閉鎖されましたが、戦後文化国家建設の一翼として、芸能文化向上の力となるべく、1946年<昭利21年>11月22日より再開、焼失を免れた東劇や帝国劇場とともに戦後の演劇復興の一端を担いました。同年12月には、中村吉右衛門一座よる歌舞伎を上演、この時から名称も三越ホールから“三越劇場”に変わりました。今も残る「三越歌舞伎」の名は、この時期歌舞伎復興を旗印に、故歌右衛門、故勘三郎、故白鸚らが三越劇場で意欲的に興行を打ったところに由来します(1946〜50年の間30本上演)。1949年<昭和24年>から三和会による文楽、1951年<昭和26年>頃から、俳優座、文学座、劇団民藝による新劇も続々と上演され、戦後の芸術、大衆娯楽の復興に大きな役割を果してきました。1975年<昭和50年>演劇公演の劇場として再発足、数々の名舞台を誕生させ、今日まで芸術文化向上のために活用されてきています。


三越劇場の演劇以外の自主公演のひとつに「三越名人会」「三越落語会」「三越邦楽会」等があります。「三越名人会」は1950年<昭和25年>、すでに故人になられた高橋誠一郎(日本芸術院院長・元文相)、久保田万太郎(作家・俳人)の両氏を顧問に、日本の伝統芸の継承と新しい諸芸の育成を目的として発足、邦楽、舞踊、演芸など日本の伝統芸に、洋楽や新鋭名人の出演も加え、半世紀となります。「三越落語会」も1953年<昭和28年>、故久保田万太郎氏の提唱で始まり、500回を越えております。また、1953年<昭和28年>に発足した財界、政界、著名人たちによる「三越素人名人会」は、現在「三越邦楽会」として、長唄、清元、小唄ほかの出演者を募り、回を重ねています。
このほかトークショー、クラシックコンサートをはじめ幅広く上演、定着したファンが多くみられ、また百貨店の中にある劇場として大勢のお客様に親しまれております。


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